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僕が太陽酒造に来た経緯。

僕と太陽酒造との出会いは2006年の6月頃、その頃僕は東灘区にある中堅酒造メーカーに勤めていました。

そこでの仕事はキツかったけど上司にも恵まれ、それなりに楽しかったです。しかし本来、僕の造りたかった酒は濃厚で作り手が分かるぐらいの個性的な純米酒。工業製品的な薄い普通酒は作りたくなかったのです。

悶々とした日々を過ごしていたある日、インターネットで太陽酒造が紹介されてたページを見つけ、すぐ様その足で、蔵を見に行きました。

蔵を見て僕は衝撃を受けました。資料館などでしか観ない昔ながらの道具、純米原酒しか造らない蔵の姿勢、まさに僕が求めていた理想の酒蔵。

しかも試飲した酒が旨い。

僕は、思わず『アルバイトでもいいので、ここで働かしてください』と言いました。

しかしその頃の太陽酒造は廃業寸前、人を雇う余裕なんてない状況でした。また専務は非常に厳しい人で、奥さん曰く、耐えられる人なんていない、とも言われました。

でも僕は、ことあることに太陽に出向き、専務と奥さんとここで仕事がしたいと話しをしました。でも答えはいつも『無理』。

9月になり、とうとう僕は灘の酒蔵を辞めて、酒造り以外の仕事を探していました。なぜ酒造り以外かというと、酒造りをするなら太陽酒造以外考えられなかったからです。もし他の酒蔵に就職しても、多分太陽酒造のことが忘れられず、就職先の仕事に嫌気が差すだろうと思ったんです。それほどここの造りは究極。

そんなある日、専務から電話がありました。内容は『スタッフサービスに買収する事になったので後継者としてお前を育てたい。』との事。

それからの経緯は皆さんのご存知の通り。

一昨日、僕は重大なミスをし、専務にドヤサレ、イスで殴られ、蹴られ、唾を吐かれ、逃げました。ブログを消したのもそのためです。

でも、ただでさえ太陽酒造は危ない状態なのに、僕が居なくなると間違いなく太陽酒造は潰れてしまう。僕は昨日、心を入れ替えて太陽酒造に戻ってきました。

やっぱり僕は太陽酒造を愛しているのです。

長文になっちゃって、すいません。

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コメント

はじめまして!
太陽酒造さんのお酒に前から興味を持っている
某市の酒販店です。
一度、蔵へ行こうと思っておりますが・・・・
しかし、経緯とはなんでしょうか?
何か会社にあったのでしょうか?
教えてください!

投稿: 自分が飲んでみて旨い!と思った酒しか売らない酒販店 | 2008年2月15日 (金) 22時01分

太陽酒造さんのお話を耳にし、HPを拝見いたしました。まったくひどい話ですね。地酒を扱う酒屋として、がんばって欲しいと思います。しかし、「専務にドヤサレ、イスで殴られ、蹴られ、唾を吐かれ」専務さんのことはもちろん存じませんが、専務さんにも問題あるのでは・・・。酒蔵さんは、良いお酒を造ることはもちろん、蔵人をまとめる掌握力も大切なことです。酒造りは人の和と聞いたことがあります。
たいへんでしょうが、旨いお酒を造ってください。そうすれば、自ずと未来が開けるのではないでしょうか。頑張ってください。

投稿: なる | 2008年2月17日 (日) 00時02分

よく耐えたね。

本当に究極のお酒を作りたい気持ちが伝わってきます。

つらいことも多いでしょうが、太陽酒造を守ってください。
私もお酒を買うことで応援します。

がんばれ、トモヒロ!

投稿: blueojisann | 2008年2月18日 (月) 18時48分

あの新酒会から間もなくして
何かが起こっていたんですね。

唾を吐かれるなんてよっぽどのこと・・・
でもトモヒロくん戻ってきてくれなかったら
今夜もお会いできなかったって事ですよね。

おかえりなさい。

私も太陽酒造さんのお酒を買うことでしか
応援できませんが、本当に応援しています。

投稿: ともっぺ | 2008年2月26日 (火) 00時21分

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